作曲年:1822~1824年
初演:1824年5月7日、ウィーン
「交響曲第9番 ニ短調 作品125」は、ドイツの作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した最後の交響曲です。日本では親しみを込めて「第九」と呼ばれ、特に年末の演奏会で盛んに演奏される作品として知られています。
作曲は1822年頃から本格的に進められ、1824年2月頃に完成しました。初演は1824年5月7日、ウィーンのケルントナートーア劇場で行われました。
この作品が特に画期的なのは、最後の第4楽章に独唱と混声合唱を取り入れたことです。歌われるのは、ドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの詩「歓喜に寄す」をもとにした歌詞で、よく知られている「歓喜の歌」の旋律もこの楽章に登場します。
当時、交響曲は基本的に管弦楽だけで演奏される器楽作品でした。そのため、交響曲の終楽章に大規模な合唱と独唱を加えたベートーヴェンの試みは、交響曲の歴史における大きな革新でした。
「歓喜に寄す」は、人類の兄弟愛や喜びを歌った詩です。ベートーヴェンは若い頃からこの詩に関心を持っており、長年温めてきた構想を、晩年の「第九」に結実させました。
第1楽章の緊張感に満ちた音楽、第2楽章の力強いリズム、第3楽章の穏やかで深い抒情性を経て、第4楽章ではそれまでの音楽を振り返りながら、ついに「歓喜」の主題が現れます。そして独唱と合唱が加わり、人類愛と平和への願いを力強く歌い上げます。
「第九」は、ベートーヴェンの音楽家としての生涯を締めくくるだけでなく、苦悩を乗り越えて歓喜へ至るという、人間の精神そのものを描いた作品として、現在も世界中で演奏されています。
交響曲第9番「合唱」
ここでは Piano Solo による演奏です。
ピアノ曲 編曲者 Ernst Pauer (1826–1905)
ピアノ曲 編曲者 Ernst Pauer (1826–1905)
また日本ではこの曲の年末演奏会が定例のように多く行われる。その始まりとしては第二次世界大戦後間もない1940年代後半、オーケストラ演奏の収入が少なく、楽団員が年末年始の生活に困る状況を改善するためであった。
この曲は人気曲でありチケット販売が多く見込めたこともあって、日本交響楽団(現NHK交響楽団)が年末に演奏することが定例となり広く国内に受け入れられたことによる。他の楽団も年末にはこれを演奏するようになって、現在では日本の年末を代表する風物詩となっている。

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